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静岡地方裁判所 昭和49年(ワ)97号 判決

主文

一  被告は、原告吉原武に対し金三六八万五、〇九五円、原告吉原富子に対し金三六八万五、〇九五円および右各金員に対する昭和四八年九月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告らにおいて、各自金七〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告吉原武に対し、金一、四一三万二、一三二円、原告吉原富子に対し、金一、四一三万二、一三二円およびこれに対する昭和四八年九月二二日から支払済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

訴外小野寺馬吉は、昭和四八年九月二一日午前一一時一六分頃、大型自動車(冷凍車トレーラー、静岡一か四三三八号、以下「被告車」という。)を運転し、静岡県清水市村松原一丁目三番三〇号先幅員約八メートルの交差点(以下「本件交差点」という。)を横浜町交差点方面より宮加三方面に向けて進行し、右交差点で県道三保線方面へ左折しようとした際、訴外亡吉原素直(以下「素直」という。)の乗つていた自転車に衝突し、同人をその場に転倒させ、よつて、同人を頭部挫滅粉砕および右足背挫創により、即時同所において死亡させた。

2  被告の責任原因

(一) 被告会社は、各種貨物の運送等を目的とする会社で被告車を保有していた。

(二) 訴外小野寺馬吉は、本件事故当時、被告会社の従業員として、同会社のため冷凍車の牽引運送の業務に従事していた。

(三) 訴外小野寺馬吉の過失

訴外小野寺馬吉は、被告車の被牽引車である冷凍車の後方部から白煙が出ているのに気づき、その点検にあたるため、大型車通行禁止の標識が設けられていたにもかかわらず、本件交差点を県道三保線方面に向けて急激に左折した際、後部の白煙に気をとられて左折方面を全く注視せずに進行したため、折から横断歩道上を横浜町交差点方面に向つて、自転車に乗つて進行していた素直を発見できず、被告車の正面部から素直を車体下に引込む形で衝突轢過したもので、訴外小野寺には、前方注視および徐行義務違反の過失がある。

3  原告らの地位

原告吉原武は、訴外亡吉原素直の実父、原告吉原富子は、素直の実母であり、配偶者・子のない素直の唯一の相続人であるから、各二分の一ずつの相続分を有する。

4  損害

(一) 亡素直の逸失利益

素直は、本件事故当時、東海大学海洋工学部四年在学中で、満二二歳の男子であり(昭和二六年五月九日生)、就労可能年数は、大学卒業時の二二歳より六七歳までの四五年、年収は、昭和四八年賃金センサス第一巻第二表産業計企業規模計の男子労働者「旧大・新大卒」年齢計の給与額により、金二〇一万八、三〇〇円が見込まれ、生計費として年収の五〇%、中間利息控除は、複式年間ホフマン方式によることとし、(四五年間に対応するホフマン係数二三・二三一)養育費として昭和四八年一〇月(本件事故の翌月)より昭和四九年三月(素直の大学卒業時)までの六ケ月間月額一万円計六万円として、これらを差引くと、金二、三三八万三、五六三円の損害を被つた。

原告らは、亡素直の右損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続により取得した。

(二) 亡素直の精神的損害

素直は、昭和四九年四月には学業を終了し、修得した技術を生かし、社会人として活動することを期待しており、本件事故による挫折は、多大な精神的苦痛であつて、その損害を金二二三万六、〇一二円とみなすのを相当とする。

原告らは、亡素直の右損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続により取得した。

(三) 亡素直の物的損失

本件事故により、素直所有の自転車が破損し、使用不能となり、その損害は、金一万円である。

原告らは、亡素直の右損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続により取得した。

(四) 原告らの損害

(1) 原告らの出費

(イ) 葬祭費 金二〇万円

(ロ) 墓石代金 金四七万五、〇〇〇円

(ハ) 交通費(昭和四八年九月二一日から、同年一一月一五日までの間、五度、原告ら肩書地より清水市まで、事故現場視察、賠償交渉、警察からの事故状況聴取等のため) 金六万四、九五〇円

原告らは、右損害を各二分の一ずつ負担した。

(2) 原告らの精神的損害

原告らは、素直を含め三人の子の親ではあるが、素直の学業に要する費用は、地方公務員としての寡少の収入を工面してまかない、素直が技術者として有為な社会人となることを唯一の喜びとしていた事情にあり、本件事故によつて突如として息子を失つた精神的苦痛は多大なものがあり、その損害を各金二〇〇万円とみなすのを相当とする。

(3) 弁護士費用

原告らは、被告に対し、本件事故直後から賠償金の誠実な履行を求めて、再三にわたり交渉を重ねてきたが、被告は、交通事故事件の賠償は自動車損害賠償責任保険の保険金のみによるべき旨の主張をかえず、また素直には訴外小野寺馬吉の過失をも上回る過失ありと主張し、不当に賠償の履行を拒絶するに及んだため、ついに弁護士に事件処理を依頼するを余儀なくされ、ために弁護士着手金として金六〇万円および弁護士成功報酬として金二一九万九、〇二四円の出費を必要とするに至り、原告らが各二分の一ずつ負担することとなつた。

5  損益相殺

原告らは、昭和四九年三月五日、本件事故の損害につき、自動車損害賠償責任保険から金四九〇万四、二八五円の賠償金を各二分の一ずつ受領した。

6  結論

よつて、原告らは、被告に対し、各金一、四一三万二、一三二円およびこれに対する、本件事故の翌日である昭和四八年九月二二日から完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第一項の事実は、認める。

2  請求原因第二項(一)(二)の事実は、認める。

3  請求原因第二項(三)のうち、訴外小野寺馬吉が、被告車の牽引していた冷凍車の後部から白煙が出ているのに気づき、その点検にあたるため、左折したことは、認めるが、その余の事実は、否認する。

4  請求原因第三項の事実は、認める。

5  請求原因第四項の事実は、いずれも不知。

6  請求原因第五項の事実は、認める。

7  請求原因第六項の主張は、争う。

三  抗弁

1  訴外小野寺馬吉の無過失、および訴外亡吉原素直の過失

訴外小野寺は、本件交差点での、県道三保線方面への左折にあたつては、宮加三方面の信号が赤から青にかわつたのち、時速約一〇キロメートル位で徐々に左折の措置をなしたものであつて、急激になしたものではない。

訴外小野寺の左折方向に設けられていた大型車通行止の看板は、公安委員会の定めた正規の交通標識ではなく、道路工事人が便宜立掛けておいたものであり、また右看板は、一七〇メートル先の地点で道路工事があることの予告看板にすぎず、訴外小野寺の場合、被牽引車の点検のために事故交差点を宮加三方面にむけて直進して、道路左脇に停止することは、交通量の多い直進路の幅員を狭めることになるのを慮り、直進路より若干交通量の少い県道三保線方面の進路に左折して、同交差点より一〇メートルほど先に停止し、被牽引車の点検をしようとしたものであるから、かかる左折行為は、右看板の禁止意図に触れるものではない。

訴外亡吉原素直は、県道三保線方面から、本件交差点に向け、自転車で走行してきて、自車の進路が赤信号であるのを無視して、同交差点三保線寄りの横断歩道中央部付近を横切り、交差点内に進入したものであつて、訴外小野寺としては、赤信号を無視して交差点内に進入してくる車両のあることまでは予想しがたく、かつ当時同訴外人は、左折にあたり、あらかじめ左方確認した際には、何らの障害物あるいは人車の行動はなかつたため、時速約一〇キロメートル位で左折したもので、本件事故は、同訴外人が左折措置に出た後、同訴外人の運転席から死角となつた被告車の左前後輪の中間部分に素直が突つこんだために生じたものである。

よつて、訴外小野寺には過失がなく、本件事故は、被害者素直の一方的過失によつて惹起されたものである。

2  被告会社は、日頃、訴外小野寺の大型車運転につき、十分意を尽した監督態勢をとつていた。

3  被告車には、構造上および機能上何らの障害もなかつた。

4  仮に、被告に何らかの損害賠償責任があるとしても、被害者素直にも、前記のような過失があるので、予備的に過失相殺を主張する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁第一項の、訴外小野寺の無過失および訴外亡素直の過失の主張は、争う。

素直が、県道三保線方面から本件交差点に至つた時、進行方向が赤信号であつた、との事実は、認めるが、素直が、同交差点三保線寄りの横断歩道中央部付近を横切つて、交差点内に進入した、との事実は否認する。

素直は、横浜町交差点方面右側歩道に入ろうとして、前記横断歩道上を、自転車に乗つて走行していたのであり、横浜町交差点方面に向けて右折するには、本件交差点を渡つてから右折する必要はなく、同交差点の三保線側横断歩道を渡つて、自転車乗入れ可の表示がある横浜町方面右側歩道に入るのが、最も合理的かつ安全な方法であつて、素直には過失がない。

2  抗弁第二項第三項は、否認し、同第四項は、争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求の原因第一項および第二項の(一)、(二)の各事実並びに同項の(三)のうち、訴外小野寺が、被告車の被牽引車である冷凍車の後方部から白煙が出ているのに気づき、その点検にあたるため、本件交差点で被告車を左折させた事実は、当事者間に争いがない。

二  原本の存在および成立に争いのない乙第一号証の一、二、乙第二、三号証、乙第六、七号証、乙第一八号証および証人石野光俊、同谷清の各証言によれば、次の各事実を認めることができる。

(一)  訴外小野寺馬吉は、被告車を運転して南進し、本件交差点手前で赤信号により停車したのち、後部冷凍車の異常を点検するため左折しようとして、その合図をしたうえ、前方信号が青になるのを見て、時速五キロメートル位で発進左折し、横断歩道から少し手前に来た時、素直の自転車と衝突したが、左折中被牽引車の状況とその左側車輪が歩道に乗り上げないように、バツクミラーで左側後方を注視したまま左折進行したため、前方から被害者素直が自転車に乗つて対向してきたことも、また同人と衝突し、同人を轢過したことも知らずに左折を完了したこと。

(二)  被害車素直は、自転車に乗つて松井町方面から幅八・五メートルの道路の左側を西進し、本件交差点手前一五メートル付近から、前方の安全を確認することなく漫然と北西方向に進路を変えて対向車線にはいり、その車線中央付近をゆつくりと本件交差点に向つて西進し、横断歩道を越えて交差点内に少しはいつた地点で折から左折し対向してきた被告車の前部付近に、自転車の前部を衝突させ、その場に転倒し、自転車もろとも被告車の下部にまき込まれ、左後輪で頭部を轢過されたこと。

三  以上の認定に反する乙第四および第一六号証中訴外小野寺の供述記載部分および原告吉原武の尋問の結果は、前掲各証拠と対比してたやすく措信しがたく、ほかに右認定を左右するに足りる証拠は、みあたらない。

以上の各認定事実によれば、訴外小野寺が左折にあたり、たえず左折方向を注視し、その安全を確認していれば、被害者との衝突を避けえたか、あるいは少くとも衝突後直ちに停止することにより、被害者を轢過することはなかつたものと推認するに難くないから、訴外小野寺につき右注意義務を怠つた過失のあつたことは否定できない。

しかし、一方被害者素直にも、対向車線にはいり、かつ前方の注視を怠つて漫然と進行した過失のあつたことは明らかである。そして、その過失の割合は、訴外小野寺が五に対し素直は五であると考えるのが相当である。

四  なお前顕乙第一号証の二によれば、本件交差点には、被告車の左折した道路につき、大型車通行止の立看板が立てられていたことが認められる。けれども、原本の存在および成立に争いのない乙第八号証によると、右立看板は、本件交差点から約一七〇メートルの地点で、清水市がマンホール取付のための掘削工事をしていたので、大型車が通行できないことを示すためのもので、公安委員会による大型車の進入を禁止する標識とは異なり、右交差点における左折を禁止するものではないことが認められる。従つて、訴外小野寺につき、この点に過失があつたとはいえないし、また被害者素直の注意義務が、これがため、軽減されるものでもないと考える。

五  以上によると、被告会社は、自動車損害賠償保障法第三条民法第七一五条により、本件事故によつて、素直および原告らが蒙つた損害を賠償すべき義務を免れないので、以下本件事故によつて、同人らに生じた損害を検討する。

六  成立に争いのない甲第三号証および原告吉原武尋問の結果によると、素直は、昭和二六年五月九日生れの健康で学業成績も優秀な男子で、本件事故当時東海大学海洋工学部四年在学中であり、昭和四九年三月には、右大学を卒業する予定であつて、すでに就職試験を受けていたことが認められる。

七  右認定事実によると、素直が本件事故にあわずに生きていたとすれば、昭和四九年三月には右大学を卒業し、同年四月ころには就職し、以降少なくとも四四年間の就労稼働が可能であり、その間原告ら主張の統計表の示すとおり、年間平均二〇一万八、三〇〇円を下らない割合の収入をあげえたものと推認することができる。そして右年収を得るために要する素直の生計費、税金、保険料、その他収入から控除されるべき部分は、約五〇%より多くないと考えられるので、これを控除した残額一〇〇万円が、同人の年間純収入と考えてよいから、これを基準としてライプニツツ式計算法により、法定利率年五分の割合による中間利息を控除して、同人の昭和四九年四月における純収入の現在価を求めると、一、七六六万円(万単位未満切捨)となり、右金額から事故時まで約六ケ月間の中間利息を控除して、同人の事故時における逸失利益を求めると、その総額は、金一、七二二万円(万単位未満切捨)となる。

前示素直の過失を斟酌し、被告の賠償額を、その半額である金八六一万円とするのが相当であり、これから原告らが支払うべきであつた素直の月額一万円による六ケ月分の養育費合計六万円を差引くと、残額は金八五五万円となる。

八  前示本件事故の態様殊に被害者の過失および被害者の状況その他諸般の事情を考慮すると、本件事故によつて受けた精神的損害に対する慰藉料の額は、本件事故時を基準として、素直および原告ら各一〇〇万円宛とするのが相当である。

九  原告吉原武尋問の結果および同結果により成立の認められる甲第五、七号証によると、原告らは、素直の葬式費用として三〇万円位、同人の墓石代金として四七万五、〇〇〇円、遺体引取り、事故現場視察、被告との賠償交渉等のための交通費として四万八、九五〇円を支払つていることを認めることができる。右原告らの損害のうち、葬式費用および墓石費用として四〇万円、交通費用として四万八、九五〇円が本件事故と相当因果関係のある損害であり、被害者の過失を考慮し、被告の賠償額を合計二二万四、四七五円とするのが相当である。従つて、原告らは、各一一万二、二三七円五〇銭宛の損害賠償請求権を有する。

一〇  前示本件事故の状況からみて、素直の乗つていた自転車が破損したことは認められるが、右損害額を認めるに足りる立証がないから、これを認めることはできない。

一一  請求の原因第三項の事実は、当事者間に争いがないから、原告らは、各二分の一の割合により、素直の逸失利益八五五万円と慰藉料一〇〇万円の合計九五五万円の半額四七七万五、〇〇〇円宛を相続により承継したことになる。

一二  以上のとおり、原告らは、合計各五八八万七、二三七円五〇銭宛の損害賠償請求権を有するところ、原告らが、自動車損害賠償責任保険から四九〇万四、二八五円の半額二四五万二、一四二円五〇銭宛の支払を受けていることは、自陳するところであるから、これを葬式費用、墓石代金、交通費、逸失利益の順に充当すると、残額は、原告ら各金三四三万五、〇九五円となる。

一三  原告が、本訴の遂行を弁護士である代理人に委任しているところ、本訴の内容と経過および認容額に照らし、弁護士費用としては、本件事故時を基準として、原告ら各二五万円宛が相当である。

一四  そうすると、被告は、原告らに対し、各金三六八万五、〇九五円宛とこれに対する本件事故発生日の翌日である昭和四八年九月二二日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

一五  よつて、原告らの本訴請求は、右の限度で相当として認容すべく、その余は失当として棄却すべく、民事訴訟法第九二条、第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安田實)

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